親方のいない私が、のぼの職人村を創るまで。

前回は独立後の勉強の日々や自宅建築の失敗談などのお話をしましたが、今回はその続きです。
36歳で初めて請負の仕事を始めてから、住宅業界に大きな変化の波が押し寄せた50代までを書こうと思います。

葛藤と挑戦の40年を経て辿り着いた家づくり

一国一城の主へ。希望と緊張が入り混じったスタート

私が初めて仕事を請け負ったのは36歳の時。大工になり15年以上の月日を経て、ようやく一人前と呼べる場所に辿り着いたのかもしれません。これを機に、大工にとって家づくりの源となる小さな作業場を構えました。自分の思うままに腕をふるえる喜びを感じる反面、背負うものの大きさも痛感しました。住まい手の大金を預かり、何世代も住み続けられるような家を造る責任。そして、この先もずっと仕事を続けていけるのかという不安。そんな希望と緊張が入り混じったスタートでした。

親方のいない私が見習いを育てられるのか

40代に入ると、ありがたいことに忙しい日々が続き、仕事も1人では賄えきれなくなりました。職人を雇い、見習いをとり、新米ながら私も「親方」と呼ばれる立場になりました。

”親方を持たず、マンツーマンで教わった経験もない私が、見習いを育てられるのか”

当時はそんな不安を顧みることなく、ただただ「技術を叩き込まねば」と前のめりになりすぎて、弟子に苦労をかけたこともありました。私には、親方から直接引き継いだ教えというものが一つもありません。それでも、独立してからのたくさんの人との出会い、成功、そして手痛い失敗。それら全てが私の教訓であり、財産です。
「私が経験した成功も失敗も、包み隠さず伝えていくこと。それが私にできる人づくりではないか。」そう気づいてからは、技術ばかりではなく、まずは社会人として恥ずかしくない大人にしてあげたいと考えるようになりました。

40代は、とにかく実績を作る時でもありました。現場ごとに設計と施工を繰り返し、自らの成長を刻んでいく日々。自宅の新築を皮切りに、友人の家や前職からの紹介など、一軒一軒の縁を形にしていきました。小学生の頃に実家を建ててくれた大工さんの応援にも行き、ようやく恩返しができたのもこの頃です。現場を重ねるたびに「足りない自分」が見つかりましたが、それこそが次への糧。とにかくがむしゃらに、大工としての実績を積み上げていきました。

「考える大工」が消えていく危機感

50代に入る頃、住宅業界が目に見えて変わり始めました。
自然素材から工業製品へ、手刻みからプレカットへ。住宅のプレハブ化が進み、街にはハウスメーカーや大手パワービルダーの「真っ白で軒のない片流れの家」が溢れるようになりました。同時に、大工の技術や知識はあまり必要とされなくなりました。

かつては各地区にあった大工小屋も、この20年ほどで姿を消し、たまに見かけてもシャッターが閉まったまま。最近の大工は自分の小屋を持たず、軽バンに電動工具を積んで現場へ向かいます。これは単なる場所の問題ではなく、「自分の小屋で納まりを考え、刻み、組み立てる」という「考えて刻む工程」が失われてしまったということです。職人の地位よりも、効率よく組み立てるだけの「作業員」としての役割。どうすれば早く終わり、お金になるか。そればかりが優先される世界に、職人の世界は大きく塗り替えられてしまいました。

「私には親方がいない」――その言葉に込めた本当の自信

ここまで「私には親方がいない」と話してきましたが、今の私はそれに一切の引け目を感じていません。むしろ、誰よりも強い自信を持っています。
その理由は、宮大工時代に経験した、あの改修工事の日々にあります。 当時はあんなに嫌だった古い神社仏閣の修復作業。しかし、そこにある木組みや仕口、継手の形状などが、数百年という時を超えて私に語りかけてくれました。先人たちが残した仕事の結果こそが、私にとって最高の教科書でした。跨ぐことすらできない巨木に挑み、屋根裏で背丈ほどもある梁丸太を見た経験。私にとっての親方は何人いたのか。先人たちはこれ以上なく心強い親方です。新築工事だけでは決して得られない、この「200年後の答え合わせ」こそが、私の財産です。
今では、特殊で難しい仕事が来ても怖くはありません。難題に直面するほど、自分の中に蓄積された先人たちの教えが、知恵となって湧き出てくるのを感じます。

40年の歩みを、次世代へ繋ぐ「のぼの職人村」へ

これが、これまでの大工人生40年の歴史です。
独り立ちした36歳、がむしゃらだった40代、業界の移り変わりを目の当たりにした50代。こうした歩みの中で得た、先人からの知恵と技術を自分だけのものにせず、次の世代へ、そして本物の家づくりを求める方々へ繋いでいきたい。その決意を形にしたのが「のぼの職人村」です。

代表取締役 亀井 俊博
出 身 地 :三重県四日市市
生年月日:1964年5月1日
趣  味:渓流釣り バイク”鑑賞”(笑)
資  格:2級建築士、古民家鑑定士1級、建築大工基幹技能者、既存住宅現況検査技術者、被災建築物応急危険度判定士、伝統防除技士